あまりにも明晰!柄谷行人の記す10の言葉

柄谷行人という優れた批評家・哲学者がいます。
ここでは、その柄谷行人という才人が記した著書の中から、あまりにも明晰な10の言葉を紹介します。

前後の脈絡なく一文を引用されることは、もしかすると本人にとって不本意かもしれません。
が、書物というものは本来、どこから読まれても、どこを切り取られても一向にかまわないものであるはず、という前提を信じてばっさり抜き取ります。

「差別」は本来あいまいな差異を是が非でも一義化・明瞭にしようとするところに存する。(『反文学論』P.12)

「差異」のみが歴史性の根拠である。(『反文学論』P.15)

文芸雑誌の小説に全部眼をとおすというのは、気違いじみた行為である。(『反文学論』P.16)

奇怪なものを奇怪なものと思わなくなれば、自分自身が奇怪なものとなる。(『反文学論』P.16)

同一性を求めようとする言葉自体が、逆に差異性を露出する光景がある。(『反文学論』P.19)

「占領」という事態はつねにセクシュアルな意味をはらんでいる。(『反文学論』P.33)

滑稽になるか、重々しくなるかは紙一重なのだ。(『反文学論』P.110)

たとえば、小説を書いたりすることは「恥ずかしい」ことだ。(『反文学論』P.122)

「昭和」が何を意味するかを見るには、それがいかに使われているかを見ればよい。(『終焉をめぐって』P.13)

本来、「批判」という言葉は、趣味判断の領域からきたのである。(『終焉をめぐって』P.93)