まぎれもない夫婦愛の映画 ~ 『HANA-BI』を観る

  • HANA-BI
    監督:北野武 出演:ビートたけし / 岸本加世子 / 大杉漣 / 寺島進 / 白竜

なぜ今さら『HANA-BI』を観たのだろうと思う。
毎日のように何かしら映画を観ているのですが、毎日のように何を観るかで思い悩みます。
30分くらい悩んでいることもあるかもしれない。
その日に観たい映画の基準なんてないからです。
僕には真のお気に入りと呼べる作品群があって、それらは何度も観返しているのですが、実際に観ようとなると、「今さらもう一回見てもなぁ」、なんて迷ったりします。

今回も『HANA-BI』を選ぶまでに、けっこう時間がかかりました。
北野監督の作品は好きですが、『ソナチネ』の方がいいんじゃないか、とか、やっぱりキューブリック気分のような感じもする、とか、そんな感じで迷います。

で、結局『HANA-BI』を観たわけですが、1998年の映画のレビューをあらためて書くのもどうかと思わなくもありません。が、ここでは「観た映画について書く」とうスタンスで書いていこうと考えています。

北野武監督の真骨頂といえばバイオレンス映画。
その北野監督がヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞したとあれば、やっぱりバイオレンス映画だろうと期待します。
たしかに、『HANA-BI』もバイオレンスの匂いはプンプンします。
冒頭から、ヤクザとしか思えない扮装の刑事(ビートたけし)が、ガラの悪そうな作業員のにいちゃんと睨み合っているからです。

個人的に北野監督のバイオレンス映画は好きなので、期待感をもって観始めます。
が、映画が進むうちに、こそばゆい違和感を感じます。

なんというか、“つながり”が希薄な場面が多い。

まず、ビートたけし扮する西が、タクシーを塗装してパトカーに変える場面。
なぜタクシーをパトカーに塗り替えるのかというと、ヤクザに金を返すために銀行強盗をしようと企んでいるからです。
何日もかけて、念入りに塗装して、本物と見分けがつかないほど完璧なパトカーに仕上げます。
で、銀行強盗を実行するわけですが、そこにはパトカーである必然性がまったくありません。

金を返したはずのヤクザが、もっと利子を払えと執拗に西を追いかける場面もあります。
ヤクザだけに、そんな因縁をつけてくることもあろうかと思いますが、西ひとりに対して、あまりに執拗です。
遠路はるばる雪降る街まで、事務所総出で追いかけてきます。

他にも、堀部が自殺を図ったことや、絵の道具を贈られて素直に絵を描き始める理由も希薄です。

とにかく、ストーリー的に重要ではないかと思われる様々な場面において、“つながり”が希薄になっています。
そういえば、北野監督の作品には、話の本筋とは関係ない断片がしばしば挟まれます。
それにしても、この『HANA-BI』ほど大局的に“つながり”のない展開は珍しい。
細かいことをいえば、偽装したパトカーのパトランプとサイレンもつながっていません。

が、そんな『HANA-BI』の中でも、確かにつながっているものがあります。
それが、西夫婦のお互いを想い合う愛情です。

とはいえ、シャイな北野監督が、正面切って夫婦愛を描くとも思えません。
その後の『アキレスと亀』でも、アートの陰に潜ませていました。

『HANA-BI』では、車の中でトランプの数字当てゲームをして遊ぶシーンがあります。
西はイカサマをして数字を当てますが、妻はそれをなんなく見破ります。
互いに確認するまでもなく、すべて見通しているのです。
つまり、西夫婦は疑いなく通じ合っています。

そのつながりを実感したとき、無感情の静寂に覆われた雰囲気の中から、まさに怒涛のように感情があふれ出します。
これはまぎれもない夫婦愛の映画だと気づいたときには、ラストシーンでの妻の言葉に涙をこらえることなんてできません。

タイトルが『HANABI』ではなく、『HANA-BI』であることに、何か“つながり”の意味があるのかどうかは定かではありません。